陪審員をめぐる法廷の裏側の熾烈なスパイ戦。
情報戦、かけひきの面白さに最後まで釘付け。
法廷や陪審員制度と言う小難しい題目でありながら、実にわかりやすく、痛快な娯楽映画に仕上げた腕前に舌を巻きます。
銃乱射事件で夫を失った妻が、銃製造メーカーを相手どって訴訟を起こした。被告席に立たされたのは銃撃犯ではなく銃メーカーの社長。かつて米国で銃メーカーを訴えたものは数あれど、勝訴を勝ち取ったものは一例もない。もしこの裁判で勝訴となれば、それは前例として今後銃メーカーを大きく脅かすことになるであろう。
そのような背景で、ひとつの裁判に並み居る銃メーカーが乗り出し、巨大な金が動くことになる。彼らに雇われたのは「陪審コンサルタント」と呼ばれる凄腕のチーム。彼らにとって盗聴、盗撮はお手の物。陪審員制度を悪用し、自陣営に有利に陪審員を操作、誘導し、時には買収や脅迫も辞さない恐るべきスパイ集団だ。
法廷劇はこの陪審コンサルタントの暗躍で銃メーカーの圧勝になるかと思われたが、そこに「第三勢力」がからんでくる。巧妙に12人の陪審員のなかにもぐりこんだ謎の陣営が、陪審員全員の票を操作して見せようと、原告側、被告側双方にもちかける。はたしてこの謎の陣営の目的は、そして正体は?
ちょっとあらすじの説明に手間取ってしまいましたが、要するに緊張感満点の三つどもえ状態。
おたがいがおたがいを出し抜こうとする情報戦、心理戦、スパイ合戦というわけですね。
法廷劇で、かつ陪審員制度ということで、ちょっと専門知識が必要ではないかと心配される向きもあるかと思いますが、この映画では非常にわかりやすくそのあたり処理されておりますのでご心配なく。
徐々に制度を理解できるステップが組まれており、娯楽映画としてすんなり入り込んで楽しめます。
法廷劇というと、原告側と被告側の双方の弁護士の対決や、それを見てどう陪審員の心が変わっていくのかといった劇が一般的。
ところがこの映画では、さらにその裏側に暗躍する「陪審コンサルタント」という聞きなれない存在にスポットが当てられます。
まさにこいつらは凄腕のスパイ。
あらゆる手段で情報を集め、操作し、裁判を有利に進めるプロフェッショナルです。
本来ならば陪審員によって結論が出されるのが神聖な裁判であるはずが、彼らの暗躍によって陪審員らは完全にコントロールされてしまうわけです。
特に今回銃製造メーカーが雇ったフィッチ(ジーン・ハックマン)という男は凄腕中の凄腕。
彼が介入した裁判で、負けは絶対にありえないというのだから凄いというか呆れるというか。
彼のセリフが傑作。
「裁判という大事なことを、陪審員などにまかせられますか?」
陪審コンサルタントがなにものであるか、如実に表されている名ゼリフです。
これはもう既に裁判なんてものじゃない。
冒頭からして実に面白い。
陪審員を選別する工程からして見所満載です。
市民からランダムに選ばれた候補者をひとりずつ呼び、質問をひとつふたつ行って原告側弁護士と被告側弁護士が両方「YES」と言うと、初めて正式に陪審員となります。ここからすでに法廷の戦いは始まっているわけです。
むしろこの瞬間に勝ち負けが決まってしまうといっても過言ではない。
陪審コンサルタントは選定作業が始まる前から候補者ひとりひとりの素行、思想を調べつくし、自陣営に有利な人物を調べ上げています。
その上で、別室からタイムリーに選定中の候補者の言動を盗撮し、瞬時に判断して弁護士に指示を送ります。
この人物観察眼たるやまさに職人芸。
ちょっとしたしぐさや言葉の端々から心理の底を見抜き、一見有利に見えた人間の奥に潜む罠を暴いたりするあたりは天晴れ。
陪審コンサルタントの「そいつだ!」とか「だめだ!」とか一瞬で判断する様に惚れ惚れとします。
この陪審コンサルタントと張り合うには、今回は原告サイドが実に心もとない。
ダスティン・ホフマン演じる原告側弁護士は、ベテラン臭あふれて人間味を感じる温かい人物像なのだけれども、どうしてもくだんのフィッチらの凄腕っぷりを見てしまうと勝ち目を感じない。
ところが、ここに介入してきて事態を混乱させるのが、第三の勢力。
この勢力の正体や目的が最後の最後まで思わせぶりにひっぱられるものだから思わず見入ってしまいます。
実質主役として描かれるのは彼ら第三勢力。
彼らが男女ふたりだけの小勢でありながら、策略を駆使して前述の二つの軍勢に立ち向かい、手玉に取る展開はまさに痛快。
正体を暴き、邪魔者を排除しようとする陪審コンサルタントとのぶつかり合いはハラハラドキドキ。
中盤からは情報戦、心理戦のみならず実力行使が始まったりと、三つ巴の戦いも二転三転するのでなかなか目が離せません。
ラストはすっきり爽快で、かつあたたかい後味。
ひさびさに時間を忘れて没頭できる良質な娯楽作品でした。
役者陣営も充実しており、ジーン・ハックマンやダスティン・ホフマンを始め、ジョン・キューザック、レイチェル・ワイズという実力派ぞろい。
特にジーン・ハックマン演じる陪審コンサルタントのボスとダスティン・ホフマン演じるベテラン弁護士のトイレでの対決は大きな見所。
旧来の友人でありながら初めての共演ということで、どうもふたりともかなり張り切ったようです。
またジョン・キューザックの特徴的な憂いを帯びた目は、凄腕のペテン師の役でありながら実に憎めない人物像を作っています。
レイチェル・ワイズは巨大な権力に勇敢に立ち向かうこういう役が非常にハマりますね。
「ナイロビの蜂」とはちょっと違いますが、強い魅力的な女性像に惹きつけられます。
このひと「ハムナプトラ」を見てから惚れましたが、うーん、やっぱりいい女優さんだ。
ジョン・グリシャム原作の小説版ではタバコ会社を相手としての訴訟劇となるのですが、映画「インサイダー」とかぶるということで、今回の映画化に当たって銃社会の問題に変更されたとのこと。
アメリカのこれだけの大衆向け娯楽映画で銃問題を取り上げるほどに、アメリカでも「銃社会への警鐘」というのがメジャーなものになりつつあるのですねぇ。