偶然からチカンと間違われて警察に突き出された青年が、冤罪と戦いながら一年を裁判で戦う姿を描く周防監督作品。
今の日本でこれだけの映画が作れるのかと、関心しきり。
これは怒りのエンターテインメントだ!
フリーターの青年・金子徹平(加瀬亮)は、仕事の面接に向かう電車内で、女子高生に痴漢と間違われて警察に突き出される。わけもわからずながら、自分はやってないと抗弁する徹平だったが、警察は始めから彼を痴漢と決め付け、彼の話など誰も聞いてくれない。留置所で同室となった男の助言で当番弁護士を呼んでもらうが、当番弁護士は「否認を続けても、何ヶ月も留置所暮らしが待っているだけ。裁判で勝てる保証はない。有罪率は99.9%だ」と突き放す。それでも徹平は「やってないんだ」と言うしかなかった。彼の、一年にわたる法廷での長い戦いが始まろうとしていた。
警察や裁判の制度を真っ向から描こうとする、非常に社会性の高いテーマを扱っている映画ですが、だからといって肩の凝る難しい作品になっていないところがまずよくできてます。
主役の金子徹平は、ごく普通のどこにでもいそうなフリーターの青年で、警察や裁判ざたとはまったく縁のない人間。
つぎつぎと突きつけられる厳しい現実に、毎度呆然となって立ち尽くし、どういうことなのか理解しようと苦しむ様子で、そのたびに観客には理解するためのタイムラグが発生する。
難しい単語も、主任弁護士・荒川(役所広司)らがひとつひとつ簡単に読み解いて聞かせてくれるため、まったく裁判の知識がない観客でも、容易にこの世界に入り込むことができるわけですね。
また、裁判中心の社会派映画といっても、退屈な真面目くさった内容で睡魔がおとずれるような心配とは無縁。
冒頭からラストまで、非常に心拍数と血圧をあげられっぱなし。
警察の横暴で高圧的な態度には、「はらわた」が煮えくり返り、検察の人を上から見下ろしたような物言いにはカッと頭に血が上ります。
全編そういったくやしくてくやしくて仕方のない、もっていきどころのない怒りと、なんともやりきれない思いで実に興奮させられてしまいます。
これは、怒りのエンターテインメントです。
わくわくとか、感動とか、緊張感とか、ラブストーリーとか、そういったエンターテインメントもいいですが、これもまたひとつの娯楽の形と言っていいでしょう。
それも、非常に高いレベルのエンターテインメントだと思うのです。
また、観るひとによっては、主人公・金子徹平がかわいそうでかわいそうでしょうがないと受け取る、悲劇のエンターテインメントにもなるでしょうし、非常に面白い警察・裁判の制度のシミュレーション映画としても楽しむことができるでしょう。
特に留置所や検察、裁判のさまざまな面の描写は非常に興味深いものです。
そして裁判で勝利をもぎとるため、当日の電車内を再現したビデオを作成し、それではじめて分かる事実など、そういったからくりも非常に興味深いものがあります。
役者陣もなかなか。
主役の加瀬亮の演技も自然で、オドオドとしながらも絶対に否認をつづける頑固さを持ち合わせた繊細な青年という難しい役をよくこなしていました。
この青年、気は弱く、自己主張もあまり上手ではないんですが、「ボクはやってないだ」と最初からずっと言い続ける。
それだけは曲げられないぞと、言い続ける頑固さを持っているんですね。
それはやはり、「自分はやってないんだから、きっと誰かがわかってくれる」というある種の甘えから来た考えで、決して強さではないのでしょう。
そういう微妙なキャラクターが上手く出来上がっていました。
また、周りをかためるキャラクターも充実しています。
弁護士陣営に若干三文芝居気味な人もいましたが、まぁそれは目を瞑れるレベルで、各陣営がよい芝居をしています。
個人的に気に入ったのは、冒頭、徹平を尋問する刑事がトイレで部下と話すシーン。
「でも、あいつ本当にやってるんですかねぇ」
と、ちょっと弱気になる部下に対し、
「バカ野郎。そんな考えじゃ、ホシはあげられねぇぞ!」
と、気合を入れます。
警察にとっては、どれがホシで、どれが冤罪かなんてわかりゃしない。
全力を尽くして当たるのが当然なんですね。
つまり、ただの悪役じゃないんですね、当たり前の話ですが。
司法制度にいかに問題があり、ずさんさのある警察だとしても、そこで働く男たちには立場があり、その立場から考えればけっこう当然のことをやってるだけなのだなぁと、そう思わせてくれるいいシーンでした。
一方的に警察や裁判所を悪役とはしていないわけです。
かなり警察・裁判制度を叩いている作品ですが、その点では感情的にはなっていません。
その点では公平っぽいなと思われました。
いざ、自分があんな立場になったら、あなただったらどうしますか?
自分だったらそんなハメには陥らないさと、そうおもう人が大半でしょう。
でも本当にそうですか?
金子徹平だって、きっとあの日、あの瞬間までそう思ってたに違いないんです。
なんとも空恐ろしい映画です。
勢いのない今の日本映画に、これだけ骨のある作品が生まれたことに嬉しく思います。
これからもどんどんこんな作品がでてきて、日本映画界を盛り上げて欲しいですね。