2011年04月24日

スティール・ボール・ラン感想 最終話 幸福の行方

 とうとうこの時がやってきました!
 ジョジョの奇妙な冒険 第7部 スティール・ボール・ラン。

 ここに、堂々の完結!!

 ウルトラジャンプ2011年5月号掲載。
 ジョジョの奇妙な冒険 Part7
 SBR 最終話 幸福の行方
 の感想です。

【ネタバレ注意!】





 さぁついに、マンハッタン・トリニティ教会に遺体を運び込んだDio。
 ジョニィは無限の回転を受けて倒れたまま。
 万事休す!と思ったその時、Dioの背後に現れたのは、なんとルーシー!
 まさかの最後の希望は、ルーシーだったんですね!
 いやーこれは驚きました。

 とっさにルーシーを取り押さえるDio。
 ザ・ワールドで抑えこみ、さらに顎を掴んでルーシーの唇の間に自分の鼻をさしこむDioが変態的(笑)。

「あたしは「幸せ」になるために

 大陸を渡り…ここへ来た」

「あたしは「ジョニィ」が……

 「遺体」を取り戻せなかった時のために

 ここへ来た……

 このゴール地点の教会で

 あなたが来るのを

 早朝から待っていた」


 このセリフを、Dioは色仕掛けと読んだみたいですねー。
 ルーシーの太ももをウィーンウィーンとカーズさながらに撫で回す。
 しかし残虐だなぁDio。
 色仕掛けに応じるどころか、

「脚の治療が済んでから

 思いっきり遊んでやるぜ

 女として落ちる所まで落としてやりながら

 殺してやる」


 なんというかDio、お前さんの初心、母の思い出はいったいどこへ行ってしまったんだろうなぁ。
 Dioの強烈な上昇志向の根底には、踏みにじられた、あの母への想いがあったはずなんだけどな。
 Dioの母は、貧しさのなかでも高潔さを捨てず、Dioに人間の尊厳というものを教えてくれたのではなかったのかな。
 いや、もちろんこのDioは平行宇宙のDioですから、過去のエピソードも違うかもしれませんが、でも、たぶん大体のところは同じだと思うんですよね。
 同じように、苦渋の底辺から、のし上がってきたはずだと思うんです。
 それを思うと、このネジ曲がり、そしていまや巨悪として頂点に手を届かせようとしているDioという男に、たまらない悲哀を感じてしまいます。
 人の人生、運命というのは、本当にままならない。


 と、そのDioの腕に、ルーシーが白い布包みを放り投げる。
 ドサアァッと妙に重みの感じられるその包みの中は……

「「プレゼント」というよりは……

 「落し物」……」


 ギャ……ギャーーーース!!!!!
 それは、Dio自身の頭部!!
 あの列車の戦いで敗北し、まっぷたつにされた本来のDioの遺体から、なんとルーシーがナタで切り落とした頭部だったのでありましたーーーッ!!
 ルーシーこええよ(笑)。
 どこのヤンデレヒロインだよ!
 ナタで大の大人の頭部切り落とすなよーーッ!(笑)

 これにはDio、一瞬で顔面蒼白!
 サーッと血の気が引いてゆく音が聞こえてきそうでありました。
 慌てて時を止め、全力で逃げようとするDio!

 しかし、ここで仇となったのが、切り飛ばしてしまった脚!
 ジョニィとの最終戦で、ACT.4の無限追跡から逃れるため、あえて切り飛ばした脚が、ここで最悪の形でDioを追い詰めることに。
 いやー、皮肉ですねー。
 まさかあれだけ覚悟し、ジョニィを打倒するためにそれしかない!とばかりに打ち出した策が、ここで最悪のしっぺ返しとなろうとは。
 いやもちろん、これはジョニィの残した最大の功績とも言えるでしょう!
 まんまとDioの策に落ち、Dioに敗北したジョニィですが、しかしこうなってくると、Dioに脚を切り落とさせたことは最大の戦果となっていて、ルーシーに最後の一手を託すための完璧なチームプレイになっていたのだ、とも言えるでしょう。

 階段を、ぶざまな格好でズルズルと逃げるDio。
 時の止まる時間はたったの5秒。
 どれだけDioには短すぎる5秒だったことでしょう。
 
 落ち着いて考えれば、ザ・ワールドの力で自分自身を投げ飛ばせばいいじゃないかと思うのですが、でもDio、あまりの極限状態で、その発想すらなかったのでしょうか。
 むしろここで、最悪の選択肢を。
 それは、ルーシーをザ・ワールドで殺害することでした。

「薄っぺらな たかがカスの小娘のくせに!!

 よくもこんな事をしてくれたなッ!

 生かしておかないッ!」


 完全に逆上し、冷静さを失っています。
 怒りのまま、ゲスな言葉を吐き散らし、ザ・ワールドをけしかける。
 おそらく、その時間があったらザ・ワールドで自分の身体を投げ飛ばせたはずです。
 しかし、それを忘れ、ルーシー殺害に走ってしまった。
 これが、決定的だったのでしょう。
 ザ・ワールドの拳がルーシーの顔面に到達する寸前、時は動き出し、Dioの顔面にもうひとつのDioの顔面が吸い込まれる……。

「WRYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY」

 の叫びも虚しく、Dio、頭部消滅……
 ここに、撃沈……。
 なんだか、運命を感じさせます。
 第一部とは過程こそ異なりますが、やっぱりディオの首は飛んできて、決着がつく運命にあるんですねぇ。



 一方、ジョニィをたすけたのは、おお! なんとここでスティール氏!
 スティール氏が馬でかけつけてくれたおかげで、ジョニィ、「無限の逆回転」を発生させ、みごと生還!
 レースは、そうですか、表面上は大好評のうちに幕を下ろし、優勝はポコロコで決着をつけましたか。
 大統領は、そのあとたぶん行方不明とかで処理されて、なにごともなかったように選挙が始まるんでしょうね。  
 トリニティ教会の地下シェルターで、決着後の処理をすませるスティール氏とルーシー。
 
「「遺体」は誰のものでもあってはならない…

 ひとつの国家だとか

 …個人が所有してはならないものだ」


 これで良かったのだなとつぶやくスティール氏ですが、しかしこれ、かなり気になりますねー。
 Dioが死んだとき、シェルターは開いたままでした。
 まだ鍵は施錠されてなかったはずです。
 しかし、いまはしっかり施錠されている。
 犯人は、やっぱりルーシーしかいないでしょう。 
 はたして、遺体の所有権はルーシーに移ってしまっているのでしょうか。
 じっと、意味ありげに自分の手を見つめるルーシー。
 これは、どういう意味なんでしょうねー。

 大統領の言葉によれば、このシェルターががっちり遺体をガードできるのは、70年。
 もしかしたら、これは次なる第8部への伏線かなにかなのでしょうか。
 次回、「我々は、この老婆を知っている」とか言って、年老いたルーシーが遺体を処理するところから始まったりするんでしょうか。
 うーん、気になるなー。



 そして、旅立つジョニィ・ジョースター。
 ヨーロッパ行きの船に、ジャイロの遺体の入った棺桶を担ぎ、ジャイロの愛馬・ヴァルキリーを連れて、その手には鉄球を持ち……。
 くそ、泣けるなぁ。

「ニョホ」

 とか言うな!(笑)
 泣けちまうじゃないか!

 空を見上げ、目を瞑ると、思い出されるのはレースの記憶。
 数々の戦い、数々の強敵たち。

 これは『再生の物語』と言って始まったこの物語。
 思い返せば、ジョニィは旅の中でずっと「祈り」続けていた。
 大陸横断レースは「祈り」の旅でもあったのだと。
 スタンド使いという強敵もあるでしょうが、それ以前の段階として、日々生きることがすなわち「祈り」だったのでしょう。
 ここのモノローグがすばらしかった。


 明日の天気を「祈り」

 朝 起きたら目の前の大地に道がある事を「祈る」

 眠る場所と食料がある事を「祈り」

 たき火に火がつく事を「祈る」

 このあたりまえの事をくり返しながら

 友と馬の無事を「祈る」

 そしてひとつひとつの河を渡る


 
 これが、ジョニィのこの旅の総括なんでしょうね。
 ジョニィにとっての旅は、人生の再生の旅でした。
 どん底だったジョニィはこの旅でふたたび生きる事と向き合い、最後には父との和解を得る事ができたのです。
 ジョニィにとってのこの旅は、人生そのもの、生きる事、そのものだったでしょう。
 それは「祈る」ことなんだと。

 人は、どんなに頑張ったってかなわない事があります。
 大自然の前には人は無力だし、日々生きるための糧を得られるかどうかだって分からない。
 どんなにあがいたって、運命に追いつかれる事だってある。
 そんな時は、人は「祈る」しかできないのです。
 最善を尽くして尽くして、尽くし果たしたあとは、あとは「祈る」しかないんですよね。
 遠く離れた大切な人が幸せでいるかどうか、そういう時は、祈るしかないんですよ。

 ジョジョのテーマは、『人間賛歌』であり、『勇気の賛歌』
 そしてまた、『運命』とは何かというものを突き詰めてきた物語でもあると思います。
 運命と言うものがもし決まっていたとして、そしたらそのなかで、人はいったい何の価値があるのか。
 決められた上を走っているだけだとしたら、運命と言うものが、いずれどうあがいたって追いついてくるものだとしたら……。
 いったいその中で、人はどんな価値があるというのか。
 荒木飛呂彦先生は、その問題にずっと真摯に向き合ってきたと思うのです。
 第5部のラストや、第6部のプッチ神父の能力などで、そういったところをずっと問いかけてきていたように思います。

 そして到達した、第7部のジョニィが出した結論。
 それは、人生の歩みとは、日々「祈る」という事だと。
 これは非常に抽象的でわかりにくい結論ですが、しかし、わかる気がします。
 日々の問題に向き合い、努力し、考え、挑み、試行錯誤をくりかえし、最善を尽くして、一歩一歩を踏み出しながら、そうしてどうにもならないところについて、「祈る」。
 祈るということは、自分の力の及ばないところを知るということかもしれません。
 そうして一歩一歩、歩いてゆくことこそがあたりまえの事であり、人というものの姿なんだと、そういうことなのではないでしょうか。
 たとえ運命が決まっているものだったとしても。
 人が出来る事には限りがあって、どうあがいたとしてもかなわないことが山ほどあるとしても。
 でも、そのために最善を尽くし、よくあってくれと、祈る。
 その姿こそが、人の美しい姿なんだと、それが、第7部のいたったゴール地点なのではないでしょうか。

 ジョニィは、結局、Dioには勝てませんでした。
 それはジョニィという個の限界であり、運命であったのかもしれない。
 でも、「祈る」ような気持ちとともに、ジョニィが全力を尽くし、最善を尽くしていたからこそ、ルーシーにバトンがわたり、最後の勝利に結びついたのかもしれない。
 最後こそ美味しいところをルーシーにもっていかれるような形になりはしましたが、でも、この形こそが、「祈り」のメッセージを表していたのではないでしょうかね。



 ラスト、ジャイロがその恩赦のために戦った少年Aは、自由の身となったものの、その後風邪で死亡ってのが泣かせますね。
 それもまた、人生ってやつなんでしょうね。
 ほんと、人生ってままならないなぁ。

 ジョニィをのせ、大洋に出帆した船。
 大海原と、空に浮かぶ雄大な雲の流れ。
 いいなぁ、このラストシーン。
 哀切と、すがすがしさがまじりあう、とても胸に沁みてくるラストシーンでした。



 ありがとうございました、ジョジョ第7部、スティール・ボール・ラン。
 本当に面白かったです。
 思えば、これまでの6部の総集編というか、宇宙が一巡したということで、これまでのセルフパロディのような部分も多々あり、かなり読者サービスも満載でした。
 そういった面でも、おおいに楽しませていただきました。
 もちろんそれだけでなく、レースというこれまでにない要素をバトルテーマに取り入れたことで、スピード感とゲーム性のある興奮が物語りに加わり、おおいに面白くしてくれました。
 また、これまでとはことなり、途中から掲載誌もかわり、1話ごとのページ数もかわったことで、漫画としての表現技法もずいぶんかわってきたように思います。
 敵役など、ひとりひとりの人物の過去描写が丁寧になり、そのぶん物語に深みが加わり、哲学的な内容も増えました。
 1部あたり20巻いかなかったこれまでとは異なり、今回はついに24巻に達するそうですが、さもありなんというものです。
 スケール感でも、これまでの大きく上回っております。
 最終的な段階でボスが入れ替わったというのも、前代未聞な展開でおおいに驚かされ、大興奮させられました。
 普通の漫画とことなり、およそ20冊ごとに主人公と舞台を変え、つぎつぎと違う側面を見せてくれるジョジョシリーズ。
 着実に変貌し、そしてまた着実に荒木先生の漫画パワーも天井知らずの成長を見せてくれています。
 それをみせつけられた第7部でもあったんじゃないかなと、私は思います。



 そ・し・て!
 そしてなんと!
 次号より、間髪入れずに、なんとジョジョの奇妙な冒険第8部!
 連載開始!!

 その名もジョジョリオン!!

 そして、その舞台は、あの杜王町!!!!!

 うおー! 荒木先生休みナシですかーい!
 いやーこれは驚いた。
 もちろんジョジョが7部で終わらず8部に行く事は「当然」だと思っていましたが、しかし休みナシとは思いませんでした!
 そして、なんとその舞台はあの第4部の舞台、杜王町!
 第4部はよく地味だとか敵が弱いとか言われて人気があまりないと聞きますが、私はあれ、大好きなんですよー。
 いやー嬉しいなぁー杜王町。
 時代はいつなんでしょうね?
 現代になるんでしょうか。
 それとも、今回の遺体のシェルターが持続できる70年がたった、1960年とかなんでしょうかね?
 いやー楽しみだー。
 いったい今度は、どんな奇妙な冒険を見せてくれるのでしょうか!
 5月19日が、待ち遠しくってたまらない!
 
 

■外部リンク
SBR感想 #70@JOJO



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posted by BOSS at 22:47| Comment(2) | TrackBack(0) | 漫画感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ちょーーーいまさらですがジョジョリオンを読んだのと同時に
24巻読破したんで気づいたことを書きますが
スティール氏は「DIOは消滅した」と言ってるけど
消滅したのは頭部だけで体は残っています
つまりスティール氏が到着するまでに体をどこかに処理したはずで
考えられるのは
1、ルーシーがシェルターにディオの死体と聖人の遺体を入れロックした
(ミイラ化した遺体を納めるためのシェルターに2人も入れるほどスペースに余裕が
あるとは思えないし、実際描かれてるスペースも狭いのでこの線は薄い)
2、遺体はルーシーと一体化し、ディオの死体はシェルターに入れて処分
(これが描写や整合性から行って一番濃厚)
3、ディオの死体はジョニィの回転により消滅、棺桶の中の遺体は実はジャイロではなく聖人、シェルターは空っぽ、所有者はジョニィ
(思わせぶりに棺桶のアップが一コマ書かれてるので、これもありといえばあり)

とまぁここらへんが考えられますよね
Posted by ユーユー at 2012年02月12日 00:57
 おー、そういえば確かに、消滅したのは頭部だけで、体は残っていたはずなんですよね。

 改めて読んでみると、スティール氏の「遺体を所有するための資格」という言葉をルーシーが気にしていたこと、そしてルーシーが自分の手をじっと見つめていた事などから、ルーシーが遺体の所有者であることがほのめかされているんですね。

 そして、ジョニィのひきずる棺桶も、「遺体」とわざわざカッコ書きにすることで思わせぶりになっている。

 要するにここでこの物語は二択を仄めかしているのではないでしょうかね。

 そして、私の予想は、ジョジョらしく、右ですか? 左ですか? NO NO NO!
 もしかして両方ですか YES YES YES!
 ということで、両者で分割所持という結論ではいかがでしょう。

 全部まとめてしまうとまた凄い力が発動しかねません。
 協会の地下に保管するということは、協会の所持者がその力を自由に出来るという意味っぽいのでそれはルーシーとしてはできなかったのではないでしょうか。
 そこで遺体を二つに分割し、自分とジョニィの二人で分けて守ろうと、そんな結論を出したのではないかなーと予想してみました。
 まぁたった今浮かんだだけの思いつきですが。
 
 うーん、またしっかり読み直してみようかなー。
Posted by BOSS at 2012年02月19日 15:51
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