2010年08月29日

靖国神社に参拝してまいりました

大鳥居

 ツイッターのほうでもつぶやきましたが、先日の水曜日、ひたすらに暑い中、家族と一緒に靖国神社に参拝に行ってまいりました。
 といっても毎年行っているような信心深いファミリーでもなんでもなく、今年はなんとなく私が行ってみようかな〜と言ったら、んじゃわたしもぼくもと、母親と父親がぞろぞろついてくることになったんですね。
 聞くと、母親のいとこは2人も戦地に出兵し、そのまま2人とも帰らぬ人になったのだとか。
 その供養にもいつか行きたいと思ってたとのことで、じゃあこれがいい機会だろうということで、行ってまいりました。

 出発したのは午前8時半。
 連日の猛暑日で昼を避けて朝早く出発するつもりだったんですが、まぁよくある話で、なんだかんだでその時間となってしまい、かなり蒸し暑いなか九段下に到着。
 地下鉄から地上に出ると、日本武道館のすぐとなり、東京理科大学校舎の正面すぐに、巨大な鳥居が見えてまいりました。
 その右手に、大きな石に「靖国神社」と。

靖国神社

 終戦記念日のニュースなどで見知ったあの大混雑はどこへやら。
 10日遅れの参拝は、人影をほとんど見ないとっても静かなものとなりました。
 境内に入りますと、幸運にも日差しがかげり、涼しい風が吹いてきて、それまでの蒸し暑さが嘘のように、とても過ごしやすくなりました。
 こういう境内などの樹木に囲まれた場所というのは気温が下がるという話を聞いたことがありましたが、そういうものだったのかもしれません。
 しかし、なんというか、それがなんだか偶然とは思えず、神聖な空気に思えてしまって、神妙な気分になってしまったんですけれどもね(笑)。
 思わず、胸が熱くなるのを覚えました。


靖国神社

 こちらは日本陸軍創始者、大村益次郎の銅像。
 ちょっと指がかかっちゃってますが気にしないでください(汗)。


靖国神社

 さらに進み、道路を渡るとあるのがこの青銅っぽい鳥居。
 上に、とっても綺麗な純白の鳩がとまっていたのが印象的でした。


靖国神社

 そのちょっと手前、左右に巨大な石灯籠(?)が立っています。
 基部は断面が六角形になっていて、それぞれの面に日本が明治期より経験してきた戦争のさまざまな局面が浮き彫りにされております。


靖国神社

靖国神社

 ちょっと見過ごしがちなポイントかもしれませんが、なかなか出来がよいので見ておいたほうがよいかもしれません。
 私達が来たときには数人の観光客がいまして、静かにその彫刻の一枚を眺めて、写真を撮ったりしておりました。
 近づくと聞こえてきたのは中国語だったのですが、彼らが見ていたのは日本が日清戦争の黄海海戦で清国の戦艦を破った場面でした。
 中国の方たちはどのような気持ちで眺めているんだろうなぁと、ちょっと複雑な思いがしました。
 その後も彼らとは何度か境内ですれ違ったのですが、中国人観光客がよく言われるような大声やマナーの悪さは微塵もなく、とても礼儀正しい観光客の皆様でした。

靖国神社

 拝殿に到着。
 ほとんど人のいない静かな中で、英霊達に祈りを捧げました。
 身体の内側に静かな緊張感と言うか、清澄なものが満ちてきて、背筋がピンと伸びるのがわかりました。

 ちなみに、この鳥居より内側は撮影禁止のようでしたので、境内の写真はここまでです。


 そして、実はここから楽しみにしていた遊就館へ。

靖国神社

 総理や閣僚が靖国参拝だどうだこうだと騒がれる時、大体取りざたされるのが、靖国神社の歴史資料館である、この遊就館ですね。
 けっこう大きな館内には、明治初期から第二次世界大戦時までの、たっくさんの資料、展示物があります。


靖国神社

 こちらは入り口左にある、特攻隊員の像。
 若々しいというか、幼くすら見える顔立ちは、見ていてとても辛いです。


yasukuni12.JPG

yasukuni13.JPG

 館内に入ってすぐ目に入るのが、この零式艦上戦闘機、通称ゼロ戦。
 思ったよりも小さいのだなぁというのが、第一印象でした。
 10メートルもないんですね。ちょっと驚きです。
 こんなに小さい機体が、当時負けるものなしと言われた高性能戦闘機として名を馳せ、高度1万3000メートルまで飛び、時速500キロまで出したというのですね〜。

yasukuni14.JPG

 こちらはゼロ戦に搭載されていた機銃。
 なかなかゴツイです。

 で、そのゼロ戦の説明を読んでいた母親がちょっと興奮した声を上げました。
 母親のいとこは、ラバウルの飛行機部隊に配属されて、そこで行方不明ということになったらしいのですが、見ると、その展示されているゼロ戦は元々、ラバウル基地のものだったのです。
 なにか感じ入ってしまっているようで、思わずしばし手を合わせている母親でした。

 その時、手を合わせている母の前に、10歳くらいの男の子が駆けて来てゼロ戦をよく見ようと身体を乗り出しました。
 その子の位置が、ちょっとうちの母親の邪魔をする形になってしまったのですが、その子の母親らしき女性が慌ててやってきて、手を引いてすぐさまどかせ、小声で叱りつけておりました。
 その声は、よく聞くと朝鮮語。
 おそらく韓国人観光客だと思うのですが、韓国の方がこうやって靖国に参拝にきて、いったいどういう心境なのだろうなぁと考えてしまいました。 
 それにしても、祈っているうちの母親への心配り、とても礼儀正しいお母さんだなぁと感じ入りましたよ。
 中国人や韓国人の観光客はマナーが悪いという意見をよく聞きますが、まぁきっと、人それぞれなんでしょうね。
 そういう傾向があることはあるんでしょうけど、でもま、だからといって全員が全員ではないんでしょうねぇ。


yasukuni15.JPG

 こちらはゼロ戦の正面にある、榴弾砲(りゅうだんほう)と加農砲(かのんほう)。
 各地を転々と転戦し、最後は南方で玉砕した部隊の大砲だそうです。
 よく見るとあちこち穴が開いてたり壊れてたりして、「玉砕」という言葉の重みを想像させてくれました。

 そこからは入場券を購入し、いよいよ展示室へ。
 展示室は基本的に撮影禁止っぽかったので写真は撮りませんでした。
 明治維新から大東亜戦争まで、さまざまな展示品が並んでおります。
 ひとつひとつ見ていたら絶対一日じゃ間に合わないなというくらい、所蔵品は膨大な数に及びます。
 特攻隊員が特攻前日、家族に宛てた手紙など、ひとつひとつ読みたかったのですが、これはさすがに読みきれないなと、ほとんど飛ばし読みで、拾い読みでどんどん素通りしてしまいました。
 それでも、どれを読んでも涙なしには読めませんでしたよ。
 皆とっても字が綺麗なのも驚きです。
 中に、「私は文章が苦手なので、あえて文語体ではなく口語体で書くが、お許しください」 というような書き出しの手紙がありまして、これが実に躍動感というか、生々しい感覚の戦争体験が描かれていて、とても素晴らしかったです。
 文章が苦手どころじゃない、素晴らしい名文でしたよ。
 あと、ちょっと意外だったのですが、「!!」 マークって、この時代から普通に使ってたんですね。
 まぁ私が不勉強なだけなんでしょうけど、それがすごく意外に思えてしまいまして、だもんでなんだか、とても親近感を覚えてしまいました。
 死んでいったのは、歴史の本に出てくる人じゃないんですよね。
 ごく普通の、おなじ日本に住んでいた隣人が、こうやって死んでいったんですよね。

 まぁしかしとにかく数が多くて見切れません。
 これは絶対また来ないとなと。
 何度でも来て、がんばって全部見て行きたいなと思いました。

 途中、英霊達の遺影が無数に並ぶ通路があったのですが、これはもう目を背けたくなるくらいいたたまれない光景でした。
 このたくさんの人たちが、みんな死んでしまったのかと。
 数字の上では、大東亜戦争で死んだのは300万人とか、そういう数字は知っていますが、でも、その人たちの本当の顔を見ると、やっぱり違います。
 300万人どころじゃない、そこにならんでいるのは数百〜数千に過ぎない遺影でも、です。
 目を、あわせるのが辛いんですね。
 今わたしたちが平和と幸せ、自由を手にできているのは、きっとこの人たちの戦いのおかげなのだろうなと。
 この人たちの犠牲に報いられるような、私達は生き方ができているだろうかと。
 わたしたちは精一杯、受け取った平和と幸せと自由を大切にして、未来へ繋げていかなくてはいけないのだなぁと、痛いほど感じました。
 決してそれは失ってはいけないものでしょう。


yasukuni16.JPG

 展示場には小物だけじゃなく、こういう船や戦車、戦艦大和の巨大な砲弾や戦闘機といった、見ごたえのある大物も展示されています。
 この小型の潜水艦のようなものは、大東亜戦争時使われた、人間魚雷「回天」
 人が一人中に入って操縦し、敵艦に直接体当たりし、内蔵した爆弾を爆発させる、いわゆる神風攻撃です。
 そう聞くと、かなり迫力が違って感じられます。

 ちなみにここは見上げると、富野フリークには小説 『リーンの翼』 でおなじみ(?)桜花が飛んでいます。
 個人的にはこれがかなり熱かったです。
 迫水真次郎はこれに乗ってたのかぁと。


靖国神社

 こちらは日本陸軍でもっともポピュラーと言われる戦車、九七式中戦車。
 今の感覚からすると、こちらもかなり小型な戦車というイメージですねぇ。
 

 とまぁ言った感じで、入館した10時から13時くらいまで、3時間くらいかけてじっくり巡ったのですが、さすがにこれはキリがないなと。
 で、かなり家族みんなおなかがすいてきたので、このへんで今日はギブアップということで、館内の食堂へ。
 何を食べようかなぁ〜と悩むかと思ったのですが、メニューに 「海軍カレー」 とあるじゃないですか。
 これを食べなきゃ話にならない。
 私はまだ海軍カレーなるものを食べた事がなかったので注文してみました。

 海軍カレーというのは、当時の日本海軍が脚気対策として食事に取り入れたものだそうで、現在でも海上自衛隊では曜日の感覚を維持するため、毎週金曜日は 「金曜カレー」 という伝統があるのだそうです。
 

靖国神社

 食べる前に撮ればよかったのですが……食べかけでちょっと汚いお皿でゴメンナサイ(笑)。
 お味のほうは、今の感覚からするとかなり薄味です。
 塩味やスパイシーさはほとんどなく、お芋やニンジンの味がよくわかる、ちょっと甘め(野菜の甘みかな?)の、素朴な味わいでした。
 悪く言えば物足りないかもしれませんが、よく言えばヘルシーで、女性に人気が出そうかもなぁと思いましたね〜。
 なるほど、この味を旧日本海軍の海兵さんたちは食べていたのか〜と、これまたちょっと感慨深いものがありました。
 うちの親父さんはというと、現代風カレーのカツカレーを食べてましたけどね(笑)。
 

 かくして私の初めての靖国神社参拝はおしまい。
 とても身の引き締まる思いのする参拝でした。
 そして、もっともっと勉強したいなという思いも新たにできましたね。
 たしかに、いわゆる靖国参拝問題の時にマスコミが触れるように、遊就館の歴史表記はちょっと一方的かもしれませんが、では、実際はどうだったんだろうってことは、ひとりひとりがしっかり勉強して意見を言わなくてはいけない事なのかもしれませんしね。
 ちょっとかじったくらいでは、なかなか軽々しく言えるものではなさそうです。
 A級戦犯合祀についてもそうですね。

 ともあれ、また来ようと心に決めた第一回参拝でした。 



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posted by BOSS at 21:55| Comment(4) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
目に映るような、迫真のレポートありがとうございました。
遺影が並ぶ通路に亡くなった兵士の英霊がずらりと幻視えた気がしました…(合掌)。
Posted by 如月宵姫 at 2010年08月29日 22:34
 靖国はろくに立ち入ったことがねぇんですが、先日、パールハーバーを見学してきました。
 短時間でしたが、潜水艦に描き込まれた数十の日の丸といくつかの旭日旗にはなんとも云い難い気分にならずにはおれませんでした。
 敵国の国旗を複数ペイントするっつーのは……そういうことでしょうし、わざわざ旭日旗を別途描き込んであるっつーことは、日の丸のほうは……そういうことなんだよなぁ。
 それを見上げて写真撮ってる日本人を見て、米国人はどんなコトを思ってたんじゃろうかねぇ……と、今日のエントリ見て思ったりw
 んで、靖国にも一度足を向けねばなぁと思いつつある今日この頃でござんす。
 見ないようにする、なかったことのように振舞う、一方的ではないフリをする、ことだけは、避けねば、と、パールハーバーで思った次第。
Posted by D at 2010年08月30日 00:45
自分も聞いただけですが、母方の祖父の従兄弟が特攻隊の隊員として知覧の基地から飛び立つ直前に終戦になり、戻ってきたそうです。父方の祖父は通信兵でした。全く関係ないと思っていた戦争が、実は自分とつながっていました。当時の写真を見るとまだ少年でした。当時、戦場にいた人は辛い記憶の為、戦争を語りたがらないと聞きます。自分も何も聞かされていません。戦争の記憶は消えていくのでしょうか。
Posted by 谷村 at 2010年08月31日 00:22
>如月宵姫さん

 あの、たくさんの遺影を見て受けた衝撃は、かなり大きなものがありました。
 頭では分かっていても、やっぱりあの場所でああ見てしまうと感じ方は違うのだなぁと。
 また近いうちに行ってこようと思います。


>Dさん

 靖国とパールハーバー。双方見ると見えてくるものも違ってくるかも知れませんねぇ。とても興味深いです。
 色々な人の意見に耳を傾けつつも、聞いたことだけを鵜呑みにせず、自分で触れて調べ、感じ取って、考えてゆく事が大切なのだろうなぁと思っております。
 戦争は特に、相手のある事ですからね。
 ひとつの物事でも、双方で見え方がまったく異なって来ます。
 どちらが正しいかではなく、双方、当時は実際どうだったのか、そしてこれからは双方どうあったらいいのだろうか。
 そう考えてゆく事が、前向きな歴史の受け取り方なんだろうなぁと、考えております。


>谷村さん

 聞いてみると意外と身近に戦争の体験者がいたりして驚かされます。
 考えて見れば、日本はちょっと前まで全国民をあげて戦争をやっていた国なわけで、当たり前と言えば当たり前なんですよね。
 あの戦争では、当事者でない日本人はおらず、他人事であれた人などほんの一握りしかいなかったのでしょう。
 でも、それでも記憶というものは薄れていってしまう。
 自然と人の社会は、どんな大切な記憶でも捨てていってしまうように出来ているのですねぇ。
 だからこそ、歴史って学問は大切なのでしょう。
 そうそう、『愚者は経験に学び賢者は歴史に学ぶ』って言葉がありましたね。
Posted by BOSS at 2010年09月05日 16:23
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