2009年02月27日

コミック感想 ヒストリエ 5

 『寄生獣』岩明均が描く歴史ロマン。
 アレキサンダー大王に随伴した書記官エウメネスの、謎に満ちた前半生を描く 『ヒストリエ』。
 物語は数奇な運命にもてあそばれた少年期を終え、ついにマケドニア入りを果たす。

過去感想⇒ 4

【ネタバレ注意!】




 あまりに発売が遅くて気をやきもきさせていたのですが、ようやっと来ました第5巻。
 最近では岩明先生も休載が少なくなったそうで、ここからはペースが多少早くなることを期待したいところです。


 さて、ようやっと故郷カルディアにたどりついたエウメネス。
 彼を待っていたのは古い友人のその後であったり、“家族”との“再会”であったり、復讐を恐れるものとの不幸ななりゆきであったり。
 不幸な勘違いからちょっとした決闘にこそなってしまいましたが、エウメネスが復讐など考えず、とても穏やかでのほほーんとした調子なのが意外ですね。
 彼は単に、自分でも言っているとおり、「その後の成り行き」 を見届けにきた、ただそれだけなんでしょう。
 このサッパリ恬淡とした精神状態が、この巻のエウメネスのキーワードなんだと思うのです。


 それは後回しにするとして、あの“母の墓”のエピソードがまた泣かせるじゃないですか。
 自分の墓に刻ませた光景というのは、生前その人が最も幸せで愛していた時代であるはずです。
 そして、石に刻み付けると言うことは、エウメネスを買ったゼラルコスが石碑に自分の顔を刻ませたように、それを人に見て欲しいからです。
 自分にとってもっとも幸せだったのはこの時なのよと、そういうメッセージを墓に刻むことで、あの母は万が一にもエウメネスが見ることができたら、それを伝えたかったのではないだろうかと。
 そして詫びる気持ちがここに込められたのではないかと。
 そう思うと、なんだかグッと胸が熱くなってしまいました。

 サッパリ恬淡化したエウメネスの述懐もいいですね。

 あんなに幸せだった日々を……
 「だまされてた」
 などと断ずるべきではなかった……


 もしかすると、その後悔はエウメネスの心の中でずっと魚の骨のようにつきささっていたのかもしれませんね。
 この母のメッセージを読み解き、エウメネスははじめて少年期の旅を終えることができたのではないでしょうか。


 そしてエウメネスの就職。
 なんと! 片目のおっさんがフィリッポス王だったのか!!
 せいぜい将軍のひとりくらいだと思ってたのですが、そうか、アレキサンドロス大王はまだ即位前で、王はまだその父親の御世だったんですね。
 歴史の勉強不足度を露呈しまくり。
 しかし、そう言われると今までのセリフもしっくりくるじゃないですか。
 カルディア市に入った際、エウメネスがマケドニアの意図を見抜いてみせたのにこのおっさんが興奮したのも頷けます。
 なるほど、王そのひとの意図を完全に見抜いちゃったわけですね。
 エウメネスやる〜(笑)。


 ちょこちょこと物語は未来へ飛び、紀元前 337 年にはエウメネスが書記官でありながら、王の 「左腕」 として 「机上の名将」 なんて呼ばれたりする地位に登りつめていることが明かされる。
 机上の名将って、いかにもエウメネスですね〜(笑)。
 まぁしかし、6年後にはそこまでいっちゃいますか。
 いかにエウメネスが天才とはいえ、よくまぁ外国人がトントン拍子に出世できたものですね〜。
 後のアレキサンドロス大王の書記官ということは知っていましたが、頭角を現すのはもっと後だと思ってました。
 これはマケドニア王家独自の人種お構いなしの価値観ゆえなのか、それとも王の格別のおはからいによるものなのか。
 奴隷をあまり多く用いないというマケドニアでも人種差別はあるということですから、答えは後者かもですね。

 でも、そうすると王の死後、アレキサンドロスの御世となってからは、エウメネスも立場を危うくするかもしれませんね。
 どうも、王フィリッポスによってエウメネスに劣ると評されたアレクサンドロス王子は気分を害したようですし、もしかしてエウメネス・アレクサンドロス間にはちょっとした確執があるのかもしれません。
 まぁともあれそれはまだまだ未来の話
 メインの物語はその6年前に戻ります。


 マケドニアに入り、しばらくは様々な人との出会い描写。
 またまたきました、「文化が違ーーう!」(笑)。
 いいですね〜、遍歴のエウメネスならではというか。

 それを言うと、エウメネスって話す言葉自体が現代語というか、浮世離れしているんですよね。 
 そもそもこのマンガの登場人物はけっこう現代語をもらします。
 岩明漫画にはそんなに珍しいことではなく、アッケラカンとした人をあらわす特徴的な表現技法だとおもうんですが、とくにそれがエウメネスだと顕著なんですね。
 王の前でひれ伏したりせず、敬語すら使わず身も蓋もないことを言うエウメネス。
 このアッケラカンとした実際人スタイルは、とてもすがすがしくて気持ちがいいものです。
 前述のサッパリ恬淡化したエウメネスと、このアッケラ現代語のエウメネスは、おそらくは同じところに根を持つものだと思うのです。

 彼は幼少時、街の実力者の子として育ち、特別待遇を受けながらも、その待遇は父親の権威のものであるということをわきまえていました。
 特別待遇は自分が本当に偉いからではないと言う 「権威の初歩」 をとても身近なものとして感じていたのです。
 そして衝撃のスキタイ発覚。奴隷体験。
 自分が何者であるか、階級とはなにか。
 それまで信じていたもの全てが壊れ、人間の脆さを思い知ったのはこの時でした。
 色んなものが実は表面的な幻のようなものだってことを、身をもって体験したわけです。
 それによってエウメネスは、権威に反射的に敬意を払うこともなく、被差別者に反射的に蔑視を向けることもなくなったのではないでしょうか。
 また辺境パフラゴニアでの生活も、エウメネスには価値観は絶対的なものではなく(文化が違ーーう!)、うつろいやすい仮のものに過ぎないってことを教えたのではないでしょうか。
 透明で中立のスタイル。
 それが今のエウメネスなのではないかと思うのです。
 そのような仙人のような価値観は、この時代とても稀有なものであったはずですね。
 その表れが、独特なエウメネスの現代人的アッケラカンとした態度で表現されているのではないでしょうか。

 エウメネスのこの独特なスタイルは、今後とても役に立つものでしょう。
 歴史家、記録者として物事を公平に見てゆく視力にもなるでしょう。
 後の軍事家(?)として、画期的な戦術を生み出す助けともなるでしょう。
 そう考えてゆくと、この5巻をかけた遍歴の物語は、エウメネスという人物のキャラクターを固めるために、非常に用意周到に計算されたものだったのかもしれないな〜と思うのです。

 まぁそんな小難しく考えなくても、このエウメネスってキャラはとっても魅力的ですね〜。
 あまり深刻にならなず、物事に執着せず、なすがまま〜な自由人っぷり。
 ちょっと憧れちゃいます。
 そのくせ本に夢を抱く少年らしさ。
 岩明先生、いいキャラを作った物です。


 さて、ラストは次々と歴史上の重要人物が登場し、これからの物語の華やかさを匂わせたところで終わり。
 蛇の痣の少年がどうもアレキサンドロスその人っぽいですね。
 エウメネスの遍歴は終了し、いよいよここからは宮廷物語のスタートです。
 きっと今までとはまったく違った話になるんでしょうね。
 6巻の発売が今からとても楽しみです。



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