2009年01月30日

朝青龍のガッツポーズ問題。そもそも、なんで横綱に品格が求められるのか

 誰も予想できなかった脅威の復活をとげ、優勝を果たした朝青龍。
 私も見てました。
 しかし勝利を決めた瞬間の派手なガッツポーズが問題となっているようです。
 なんだか久々ですね、こういうお騒がせな横綱・朝青龍は(笑)。
 インタビューで 「朝青龍は帰ってきました」 と晴れ晴れと宣言していましたが、別の意味でも 「帰ってきた」 ようです。

朝青龍のガッツポーズ「行き過ぎ」、横審委員から厳しい声

 大相撲初場所後の横綱審議委員会が26日、両国国技館で行われ、復活優勝した朝青龍が千秋楽の土俵上で派手なガッツポーズをしたことについて、各委員から厳しい意見が出された。

 海老沢勝二委員長は「朝青龍は体力や精神力も充実し、よく頑張った。全体的に非常に盛り上がった場所」と評価する一方、「伝統ある大相撲で、あのようなパフォーマンスは行き過ぎ」と複数委員からガッツポーズを問題視する声が上がったことを明かした。

 指摘を受けた武蔵川理事長(元横綱三重ノ海)は、横綱本人と師匠の高砂親方(元大関朝潮)に注意することを約束したという。

 沢村田之助委員(歌舞伎俳優)は、「(今回欠席した)山田洋次委員(映画監督)からも『結果は認めたいが、横綱の品格はゼロと言ってほしい』と電話があった。今までの横綱でガッツポーズした人なんか一人もいない」と厳しい意見。

 「僕は気にならなかった」という新委員長の鶴田卓彦委員は、「相撲は神事という意見に立てば行き過ぎという声もある。だが、一般の人はどう受け止めているのか」と寛容な姿勢を見せた。

(2009年1月26日20時57分 読売新聞



 え〜、まず先に白状してしまいますが、私は大相撲の専門家でもなければほとんど勉強もしていませんが、ちょちょっとモノの本で読んだこと元に、今回はいろいろ言わせていただきます。
 間違ったことも多々書いてしまうとも思いますが、そのへんはまぁ若気の至りと勢いってヤツで!


 伝統、格式、品格の観点から、ガッツポーズは問題がある。横綱に相応しくないという言い方で、はたして朝青龍が納得できるんだろうかと、私は疑問に思ってしまいます。
 朝青龍だけではなく、大相撲界力士も、それで本当に納得できるのだろうかと思ってしまいます。
 伝統、格式、品格って、じゃぁいったい何なんだろうと、そんなもの、価値があるの? と、思ってしまうんじゃないでしょうか。
 相撲界に身を投じ、勝つか負けるか、毎日身を削り、精神をすり減らして勝負に挑んでいる力士にとって、そのような抽象的な話より、勝利を決めた瞬間のあの喜びこそが真実なのではないでしょうか。
 その共感しやすい気持ちにくらべて、歴史とか伝統とか品格とか、すごく曖昧でわかりにくいものを大事にしろと言われても、ちょっと納得できないよなぁと言うほうが、私は普通だと思うのです。

 しかし、そうは言うものの、私はの意見はガッツポーズ問題には賛成、朝青龍はガッツポーズをするべきではない、横綱は品格が大事という派です。
 その理由は、大相撲は、技を競い、強さを争うことが目的のスポーツではないからです。

 鶴田卓彦委員が言っているように、相撲は本来、神前行事であり、五穀豊穣や子孫繁栄、大漁や天下泰平などを祈願し、吉凶を占う意味合いで行われた神事でした。
 ですから土俵入りの際には拍手(かしわで)を打ちますし、横綱はその名前のとおり、注連縄(しめなわ)を締めるわけです。
 力士は自分たちの強さを競い、勝って満足をするためではなく、ましてや賞金を稼ぐ為でもなく、神様に戦いを奉納するため、神様に喜んでいただくためにこそ、土俵に入るのです。

 ここで 「神様」 というとちょっと分かりにくい人もいるかもしれませんが、古来日本において 「神様」 というのは、たとえば日本書紀や古事記に出てくる神様ばかりを指す言葉ではありません。
 人は死ぬと魂が抜けて野や山に帰り、そこで他の霊魂と一緒になって大きなかたまりとなって神様となるのです。
 その神様がつまり 「歳神様(としがみさま)」 で、日本は古来この 「歳神様」 をお祭りし、五穀豊穣や天下泰平、子孫繁栄を祈ってきたのです(かなり説明がおおざっぱで、細かく間違っている可能性は多々あり)。
 正月に門松をかざったりするのは歳神様をお迎えするためで、節分に恵方巻を食べるのはその年の歳神様が来る方角を恵方と言うからなのですね(このへんは先月号の SAPIO『ゴーマニズム宣言』 の受け売りですねw)。
 つまり、神様っていうのは日本人のご先祖様みーんな、であり、将来的には自分達がそこに入って、子供達を見守ってゆく、日本人の魂そのものでもあるわけですね(このあたり荒っぽい論調です。反論多々あることでしょう)。

 大相撲はスポーツではないのです。
 ちょっと大げさな言い方になりますが、大相撲は本来、日本人の過去を現在につなげてくれた神様(ご先祖様たち)への感謝、敬意、そしてこれからもお守りくださいという祈願の行事なんですね。
 と、いうことは、伝統や格式、品格と言って大切にしてきたのは、そうやって神様に大相撲を奉納するにあたっての、礼儀作法であり、敬意の表現の仕方なのです。


 今、どれだけの力士がこういったことを理解しているのでしょうか。
 そして理事会や横綱審議委員会も理解しているのでしょうか。
 そういった知識が、力士たちに浸透していれば、最近ニュースをにぎわせている不祥事の数々も、もうちょっとは少なくなっていたのではないかと思います。
 少なくとも朝青龍は理解していないでしょう。

「伝統? 品格? そんなもんで勝てるの? 結局強さが全てでしょ? そもそもオレがいないとお客さん入らないし、視聴率取れないでしょ?」

 ぐらいのことは考えているんじゃないでしょうか?

「ガッツポーズかっこよかったでしょ? あれでお客さんたちも沸いたもんね。そのあとでこれだけ話題にもなったんだから、相撲界としても話題づくりとしては成功したでしょ? オレのおかげだってw」

 なんてこともチャッカリ考えているかもしれません(笑)。


 鶴田卓彦委員の発言、「相撲は神事という意見に立てば行き過ぎという声もある。だが、一般の人はどう受け止めているのか」 というのも、分からないではないのですが、一般のお客様はお客様であり、運営するほうはやはり神事であるということを忘れてはならないと思います。
 お客さんはそりゃ〜楽しければいいんですよ。
 神事だなんて考えてる観客は、大相撲発祥の大昔だって、たぶんほとんどいなかったでしょうしね(笑)。
 でっかい男と男のぶつかりあいに熱中し、ガッツポーズに感動するのが自然です。客側はそれでいいのです。
 しかし、運営側はそれに迎合してはいけません。
 神事であることを捨てたら、大相撲は大相撲でなくなります。
 ましてや、相撲界を背負って立つ横綱は、品格を求められて当然なのです。
 品格のない横綱に、注連縄を締める資格はありません。
 神様に敬意を払えないなら、その注連縄を外すべきです。


 もし、古くなった伝統は古いものとして変えて行き、一般の人にもわかりやすいよう、相撲そのものを近代相撲にしてゆくのであれば、それはそれで構わないでしょう。
 しかし、ワールドワイドなスポーツ 「スモー・レスリング」 にするためには思い切ったルール変更が必要です。
 まず、土俵入りから塩を撒いたり弓取り式まで、儀式的なものは全部排除するのは当然。
 そして、あの怪我をしやすい土俵はやめるべきです。
 落ちた力士が観客を巻き込みそうなあの土俵まわりも変えるべきでしょう。
 力士の大型化が進み、怪我人が続出しているのも問題です。
 柔よく剛を制すの面白みはわかりますが、怪我人が増えるのでは意味がありません。
 体重別をつくり、それとは別に無差別級を開催する柔道型のシステムが必要でしょう。
 世界スポーツとして広げるのであれば、あのマワシだけつけてあとは裸というのもいただけません。
 もちろん髷を結えなければ引退というシステムも捨てることになるでしょう。
 外国人力士ばかりで日本人が少ないというのは単純に給料が安いからです。
 相撲部屋制度や入門試験制度など、新人開拓の仕組みも見直しが必要でしょう。


 まぁ極端な話をしましたが、当然そんなことを大相撲がするわけもありません。
 これまでの伝統格式を大切に、これからも大相撲を未来に残してゆくためにも、今一度大相撲の神事としての精神を、みなで再確認し、再教育する必要があるのではないでしょうか。


 しかし、朝青龍って 『あしたのジョー』矢吹丈 なんですよね(笑)。
 最強だけど、フェアプレーとか礼儀正しさなんてクソくらえ。
 野良犬のヤンチャっ子の聞かん坊だからこそ魅力的、なんだと思います。
 礼儀正しい矢吹丈なんて、可笑しいだけですもんね(笑)。



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posted by BOSS at 23:30| Comment(3) | TrackBack(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 実際にその場面を見てないので、感想は控えますが、関連する読み物をご紹介申し上げたくコメント書きますー。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20090123/183696/
▲デーモン小暮閣下さんの話からいろいろ派生してますw
 んーまぁ問題は会員のみってトコなんじゃが、無料なので、よかったらドゾー。
 筆者は昔(ロードス島のリプレイが連載してた頃)コンプティークにコラムで連載してた人で、その頃からファンじゃったw
Posted by DRR at 2009年01月31日 00:43
暴行死大麻で散々対応を批判された協会に品格どうこう言う資格があるのか…

ていうか兄弟の他にもいる発言がマジだった件
Posted by 地方民 at 2009年01月31日 01:18
>DRR

 結局朝青龍をあんまみんなでいじめないでねっていう話に至るまで、いろんな話が読めて面白かったですな。
 伝統のとらえ方がまったく私とは違う人のようですが、おそらくリアリストとしてのバランスのいい見識だとお見受けしました。
 実際根っこは神事つったって、現実はスポーツ競技なんだし、大衆娯楽なんだからね〜。
 でも、そこでやっぱり神事であることを捨てたら、相撲が相撲でなくなると私は思いますわ。
 むしろ神事であることを、この人は知らないんではないだろうかと思う文体ではありましたな。
 40年相撲を応援してきたこの人にして知らない、あるいは話題としてうっちゃっているのであれば、それほどに神事であることは、たぶん「どうでもいい」事になってるんだろうな〜と感じました。
 なかなか面白い記事を紹介どうもでした。
 しかし、こういう事なら DRR のブログでこれをエントリーして、トラックバック飛ばしてくれたほうが、ぶっちゃけ〜?、今どきのぉ〜、ブログってヤツぅ? てゆーか〜? みたいな〜?(笑)
 いや、私としてはどっちでもいいんですが、たぶんブログ職人こと Wao あたりが何か言いたそうにしている顔が見えるなぁ〜と(笑)。


>地方民さん

 いやいやまったくもってごもっとも。
 変わるべきは相撲界全体なんでしょうね〜。
 朝青龍や不祥事で槍玉にあげられている人たちだけを問題視するようでは、木を見て森を見ずの愚をおかすことになるでしょう。
 大麻の話にしても、相当に根が深く、広くはびこっているのかもしれませんし、それがはびこってしまう体質は、どこかに不健康なものがあるからこそ、なのではないでしょうかね。
Posted by BOSS at 2009年02月01日 23:20
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