というわけで、20 年ほど前に書かれた原りょう (りょうは燎の火へんのない字)のデビュー作。沢崎シリーズ第1作でもある 『そして夜は甦る』 を読んでみました。
ハードボイルドの巨匠レイモンド・チャンドラーの主人公フィリップ・マーロウが、女とこういう会話をする。
「あなたのように厳しい男が、どうしてそんなにやさしくなれるのか」
「男はタフでなければ生きていられない、やさしくなければ生きる資格がない」
どこかで聞いたことがありそうな、まるで強壮剤のCMみたいなセリフですが、これぞハードボイルドですね。
男の自負と自己嫌悪と哀愁と美学と、いろんなものがつまっています。
そんなレイモンド・チャンドラーに捧げられたのがこの一本。
今はあまり流行らない、ハードボイルド探偵小説です。
冒頭の謎の依頼人との会話からしてカッコイイ。
新宿のボロ探偵事務所にやってきた、正体を明かさない依頼人。
自分の都合だけで聞きたいことを聞き出そうとし、金は払うから人を探してくれと言う。
彼の右手はずっとポケットの中。タバコを欲しいというからわざと右手のほうに投げよこすと、うまく左手でキャッチする。
「渡辺さんですね?」
「彼に用がおありなら、少なくとも五年前においでになるべきだった」
「口数が多いほど探偵の信用はなくなるそうだ。もっとも、依頼人に対しては別ですが――」
「たぶん二十枚以上の一万円札が入っているはずだ」
「お役に立てないな。それ以上自分をつまらない人間に見せる必要はない」
「きみのことは何と言えばいい? 右手を見せない男か」
「海部といえば分かりますよ。タバコをありがとう。口は悪いが、タバコの趣味は悪くない」
ちょっと伝え難いのですが、セリフがいちいちかっこいい。
この6ページほどの短いシーンで、おお、これは読みたいなと思わせる魅力があります。
勝手な依頼人との奇妙な交流で、沢崎という探偵の毒舌ながらもマイペースな優しさ、冷静なバランス感覚と知性が見えてくるんですね。
ああ、ハードボイルドってこういうものかと、あらためて噛み締める感じです。
主人公の探偵沢崎は、頭はキレるし度胸もあるし、アクションをやらせたって人後には落ちない。
かなりなパーフェクト探偵です。
しかし、見た目はけっこうショボくれてるっぽいし、乗っているのはいつ動かなくなるか分からない、廃車寸前のブルーバード。
また、五年後には生きてるか死んでるかも分からないような、生活することに興味がないような生き方をしているんですね。
能力としては誰よりも持っているのに、何も欲しがらない。
毒舌ですから女にもビシバシ言いたいことを言いますが、根底は誰よりも優しいから、女にだってモテモテです。
それでも女ともどうしても距離を置いてしまいます。
これぞハードボイルドと思います。
一夜限りのロマンスとか、そういうのは沢崎流じゃないんですね。
そこがカッコイイ。
プロットはよく練られていて、次々と新事実が発覚し、あちこちから集められた糸をより合わせて行って一気に真相が判明してゆくと、あれよあれよと大きな背景が浮かび上がってゆくという構成はお見事。
なかなかに読み応えがあって満足度は充分でした。
背景から溶け出してくるような登場人物の哀愁も気持ちのよいものがあります。
特に主要登場人物となるある夫婦の過去については、とても人間ならではというのでしょうか、理屈ではおかしいはずなのに、ああ、人間ってそうかもなぁって妙にうなずかされる哀しさが素晴らしかったです。
話として充分に面白い小説なんですが、20 年前という時代背景を楽しむという面でもなかなかに興味深い一本です。
携帯電話も留守番電話も存在しない時代、沢崎が利用するのは<電話応答サービス>。
これは専用の番号に電話をかけると係の人がいて、メッセージを口頭で読み上げて伝えてくれるというサービスで、今となっては 「ヘー! そんなのがあったんだー!」 とちょっとオドロキですが、この係のオネーサンとちょこっと会話があったり、それがヒントになっていたりでなかなかに面白い。
また、20 年だな〜と妙に感慨にふけってしまったのが、なんと劇中ニュースで、清原と桑田のプロ入団っていうのが流れているんですね!!
これはかなりショックというか、うわ〜ッってなりましたよ(笑)。
そうか、20 年だもんな! そりゃーそうだわと。
期せずして桑田清原の引退した直後に読むことになった私は、なんか妙な縁だなぁと。
いや、だからって何でもないのは分かってるんですが、ちょっと面白いタイミングで読んだなぁと。
20 年という年月の流れに思いをはせてしまいました。
そうか、甲子園で桑田清原がワーワー言われてたころから、20 年経ったんだよなぁ〜とね。
桑田清原だけではなく、随所にビートルズなどの音楽ネタや、アキノ氏暗殺など、時代を思わせるネタが満載。
そもそも主要登場人物の都知事とその弟からして、石原兄弟としか思えない人物設定だったりでニヤリニヤリ。
とても 20 年前の時代が活き活きと描かれた、時代の匂いで充満した作品なんですね。
こういう小説は風化しないオモシロさがあると思います。
さて、何がシビレるって、この小説はラストシーンが実に素晴らしい。
ラスト3行のキレ味のためだけにでも、私はこの一本をまだ読んでない人に是非オススメしたいと思います。
これがハードボイルドかと、すっかり唸らされてしまいました。
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